「起終点駅 ターミナル」は、直木賞作家の桜木紫乃さん(1965年生まれ)が2012年に発表した短編小説。桜木紫乃さんの出身地「釧路」が舞台だ。釧路駅は、札幌駅からJR特急あおぞらで4時間程。釧路駅は、始発駅であり終着駅でもある。作品では、釧路川に架かる夕日が美しい幣舞橋(ぬさまいばし)、北海道三大市場「和商市場」(場内の「吉岡肉店」が撮影対象)、釧路駅のホームなど、釧路スポットが登場する。
遡ること25年前。鷲田完治(佐藤浩市)は、旭川市の地方裁判所判事で、妻子は東京で別居していた。そんなある日、思いもよらぬ出来事が起こる。完治が担当した覚醒剤取締法違反の裁判で、結城冴子(尾野真千子)が被告人として現れたのだ。冴子は、学生時代の完治の恋人。冴子は、学生時代、水商売をして完治の生活を支え、完治が司法試験に合格すると、黙って姿を消したのだった。完治は、裁判で、冴子に執行猶予付きの有罪判決を下す。
その後、二人は、冴子が営むスナックで、月に一度の逢瀬を重ねた。しかし、完治は、転勤で東京に戻らなければならなくなる。完治は、冴子につぶやく。「小さな町で法律事務所を営みながら二人で生きていこう。」と。
完治が東京に旅立つ日、事件が起きた。見送りにきた冴子が、旭川駅のホームから飛び込み自殺をしてしまったのだ。失意の完治が向かった先は釧路、雪吹雪く中、特急に飛び乗り釧路に向かったのだった。さて、ここまでが作品の序章。その後、スクリーン中央に、「起終点駅」のタイトルがどーんと表示される。そのタイトル表示を境に、シーンは25年後の現在へと切り変わる。完治は、白髪頭の初老の男性に変わっていた。
冴子が亡くなった後、完治は、釧路市で、国選弁護専門の弁護士としてつつましやかに暮らしていた。妻とは離婚をしたが、息子の養育費は送り続けていた。完治は、仕事以外の人とのかかわりを避けた。そんな完治の唯一の楽しみは料理。新聞の料理記事を切り抜き、そのレシピを作っていくうちに、完治の料理の腕は、あがっていった。
そんなある日、若い女性が完治の家を訪ねてきた。完治が覚醒剤取締法違反の裁判で弁護をしたことがある椎名敦子(本田翼)だ。敦子は、元恋人(自分にドラッグをあぶらせた男)を探して欲しいと完治に依頼したが、完治は頑なに断わる。再度、敦子が完治を訪ねてきた時、完治はザンギ(北海道のからあげ)を揚げていた。急におしかけたことを謝罪する敦子に、完治は、少し気を許し、敦子にザンギがおかずの朝食をふるまう。おいしそうに食べる敦子。また、敦子は、別の日、借りた傘を貸す口実で、厚岸の筋子をもって完治を訪ねてきた。完治に筋子の調理をせがむ敦子。しぶしぶ、筋子をほぐし、いくらの醤油漬けをつくる完治。敦子は、完治のおいしい料理を食べたいと目論んでいた。料理を通じて、距離が縮まる二人・・・・。(中略)
作品の終盤、敦子のとった態度は潔い。覚醒剤取締法違反で逮捕された元恋人ときっぱリ別れ、新天地で一人で生きていくと決めたのだ。過去を手放し、前に歩む敦子をみて、完治自身も気持ちを切り替える。結婚式への参列を求める息子に会おうと決めるのだった。完治にあてた息子の手紙は感動だ。最後の一文は、「私にとって父はたった一人、お父さんだけですから」この言葉にはぐっときた。4歳で別れ、25年間音沙汰なしだった父親に対してなんと温かい言葉、優しい息子なのだ。泣かずにはいられない。
冴子を死に追いやった自責の念にとらわれていた完治を変えたのは、敦子である。
敦子のこれまでの人生は、幸薄かった。中学卒業後、家を出て、夜の商売を転々した根無し草のような人生、健康保険証すら持っていない人生だった。敦子と完治は、孤独と隣り合わせの人生、一人で生きてきたという共通点があった。だから、多くを話さなくても気持ちがわかりあえるようになっていったのだ。
この映画の配役は適任だと思った。佐藤浩市さんは本当に演技がうまい。
また、弁護士の人生を変える鍵となる2人の女性の配役もよかった。若さがはじける本田翼さんと、情念を内に秘めた尾野真千子さん。イメージが対照的なのもよかった。
恋愛は、深みにはまればはまるほど求めてしまう「しんどいもの」だ。恋愛に苦しまないためには、敦子のように、「なにもいらない」と思える心境になることだ。冴子は、完治の今後を考えて自殺したのだと思うが、未練を持って亡くなったようにも思える。執着こそが人を苦しませる。執着を手放せば、どうにか今を生きられるのに ・・・。そう単純ではないか。
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