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上野動物園の歴代パンダをおさらいしてみよう

上野動物園の歴代パンダをおさらいしてみよう 双子でも所作が違う。写真はレイレイ。

今日の上野動物園のHPには、双子のパンダを観にきても見れない可能性があると警告表示がされていた。始発で上野に来たという観客のSNS投稿多し。過去50年以上、私たち日本人に微笑みを与えてくれた上野動物園のパンダ達、その歴史をおさらいしたい。

●1972年10月28日カンカンとランラン来日

田中角栄が現職の内閣総理大臣だった1972 年、日中国交正常化を記念して、中国から2頭のパンダが譲渡された。カンカン(オス)とランラン(メス)である。当時北京動物園で飼育されていた個体の中から容姿・性格など優れた2頭が選ばれたという。2頭は大人気で日本中が大フィーバー、「パンダブーム」の幕開けとなった。カンカンはやんちゃな性格で、吊したタイヤで遊ぶのが大好き。ランランは、「丸顔美人」といわれていた。ランランは1979年8月自然妊娠後に妊娠中毒症や尿毒症などの合併症を起こし1979年9月4日(推定10歳)に死去。

●1980年代ホアンホアンとフェイフェイ来日

カンカンのパートナーとして1980年1月29日ホアンホアン(歓歓メス)が来日したが、1980年6月30日、カンカンが心不全で急死してしまう。そこで、日中国交正常化10周年にあたる1982年11月9日に、ホワンホワンのパートナーとして、オスのフェイフェイ(飛飛)が来日した。
ランラン、カンカンの剥製は、多摩動物公園に置かれている。

●1980年後半チュチュ、トントン、ユウユウ誕生

1985年6月27日にホアンホアンとフェイフェイの子供、日本初パンダの赤ちゃんチュチュ(初初、Chu Chu)が誕生したが、チュチュは生後43時間で死んでしまった。その後、1986年6月1日、ホアンホアンとフェイフェイの自然交配で「トントン(童童)」が誕生した。トントンは、木登りが大好きなおてんば娘で、ときには飼育係に抱かれて木から降りることもあった。あまりにお転婆なので当初、トントンはオスだと思われていたが、4歳の時、メスと判明した。1988年6月23日には、オスのユウユウ(悠悠、You You)が誕生した。ユウユウは、おっとりした性格であった。
ホワンホワンは1997年9月21日死亡(推定25歳)、フェイフェイは1994年12月14日死亡(推定27歳)、トントンは、2000年7月8日 (14歳1か月)死亡。ホァンホァン、フェイフェイ、トントンの剥製、チュチュは液浸標本(ホルマリン漬け)、リンリンの剥製は、国立科学博物館におかれている。

●1992年~2010年代リンリン、シュアンシュアンの来日

1992年、日中国交正常化20周年を記念し、中国と日本で、パンダオス同士を交換することになり、11月5日にオスのリンリンが来日。代わりにユウユウが11月13日に北京動物園へ渡った。リンリンとトントンのペアは1994年から毎年、人工授精を行ったが、出産にいたらなかった。トントンは2000年に7月8日、癌による腹膜炎で死亡。リンリンは上野動物園の唯一のパンダになった。上野動物園は、2001年以降、他のパンダとリンリンとの間で人工授精を試みることにしたが成功しなかった。リンリンは、前足の甲にリンゴなどを乗せて器用に食べるようすがよく見られた。リンリンは、繁殖のため、メキシコのチャプルテペック動物園に3往復、メキシコのオスパンダ「シュアンシュアン」も2003年12月3日から2005年9月26日まで上野動物園に滞在し、リンリンとの繁殖を試みた。シュアンシュアンは、放飼場に出た初日にタケを次々になぎたおし、後ろ足で立って壁を伝い歩きする技が得意な陽気で豪快な性格。リンリンは2008年4月30日慢性心不全で死亡(22歳7か月)。2000年以降は、上野動物園ではオスのリンリン1頭だけの時期があった。

●2011年シンシンとリーリー来日

2011年2月、シンシン(メス)とリーリー(オス)が繁殖研究目的の貸与で、中国・四川省から来日した。このパンダ貸与がこれまででは最後の貸与。2012年尖閣諸島を国有化したことで日中関係悪化。のちに神戸が心臓疾患を抱えるタンタン(実際は返還前に死去、剥製で返還)の次パンダの貸与を神戸に申し出したが実現しなかった。

●2017年シャンシャン、2021年シャオシャオ、レイレイ誕生

翌12年7月、2頭の間に生まれた最初の赤ちゃんは生後6日で急死。しかし、その後、2017年、爆発的な人気パンダ、シャンシャン(メス)が生まれ、経済効果は267億以上。上野の街はパンダの街として定着した。2021年6月23日には、双子の赤ちゃんが産まれた。双子のオトコの子甘えん坊のシャオシャオは午前1時3分、女の子マイペースのレイレイレイは午前2時32分に生まれ。2023年3月から段階的にシンシンと離れる準備が始まり、双子2頭の生活を経て、独り立ちした。

● 2023年~2024年シャンシャン、シンシン、リーリー返還

2023年2月21日に、ジャイアントパンダの「シャンシャン」(メス)は、中国ジャイアントパンダ保護研究センターへ返還、シンシンとリーリーは、2024年9月29日、高齢期(概ね20歳)に差し掛かる前に中国に帰国させることが決まり、シャンシャンと同じ、中国ジャイアントパンダ保護研究センターに渡った。

●2026年1月中シャオシャオ、レイレイの返還

シンシンとリーリーの双子の子供、シャオシャオとレイレイは2026年1月25日を最終観覧日として、2026年1月中に、中国へ。和歌山アドベンチャーワールドのパンダで日本で生まれた4頭も2025年6月に全頭返還で、日本は今後パンダ0時代を迎えることとなる。

 

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