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【movie79】「PERFECT DAYS」を読み解く。役所広司が演じるトイレの清掃員平山が思う幸せとは?

【movie79】「PERFECT DAYS」を読み解く。役所広司が演じるトイレの清掃員平山が思う幸せとは? 平山の生活圏は、押上、浅草エリア

「PERFECT DAYS」は、公共トイレの清掃員平山の日常を描いた映画で、世界80ヵ国への配給が決定している。主演は役所広司(現在68歳)、役所広司はこの作品でカンヌ国際映画祭の最優秀男優賞、日本アカデミー賞主演男優賞を受賞した。

1.語りが少ない

平山が住む押上の古びた木造アパートには、テレビもパソコンもない。めぼしいものといえば、ちゃぶ台の上のたくさんの湯のみ茶碗に植えられた植物、低い棚にぎっしり詰まったカセットテープ、高い棚の文庫本、あとは寝具と読書灯など最小限の生活道具だ。
平山の日常は毎日同じ。窓の外から聞こえる竹ぼうきの音で目覚め、植木に水やり、身支度をして所持品を持ち玄関のドアを開ける。そして、空を仰ぎみてほほ笑む。晴れ晴れとした笑顔。
その後、アパート前の自販で缶コーヒーを買い、軽バンに乗り込む。昭和レトロの墨田から、若者が集まる渋谷へ出発だ。首都高で聞くカセットの音楽は、平山が昔から聞いている馴染みの曲。
担当する公共トイレに着く。掃除は手際がよく丁寧、文句の付け所がないプロの仕事ぶり。だれもが、「この人は只者ではない」と思う出来。そして、自分で掃除道具まで作ってしまうこだわりよう。誠心誠意、仕事に向き合っているのが伝わってくる。
昼時となる。高い木々が生い茂る神社のベンチでいつものサンドイッチとパック牛乳、そして天を仰ぐ。葉と葉の隙間から降り注ぐ一筋の光。それは平山が会いたかった木洩れ日、ポケットからフィルムカメラを取り出し、レンズを空に向ける。シャッターを押すのは一度きりだ。
夕方、仕事を終えてアパートに戻る。自転車で銭湯へ。湯舟に潜ってブクブク、やさしいまなざしでまわりを観察。銭湯帰りは、浅草地下商店街の焼きそば酒場(ロケ地は「福ちゃん」)へ。文庫本は、浅草伝法院通りの古本屋(ロケ地は「地球堂書店」)で購入、洗濯は、馴染みのスナックそばのコインランドリー(ロケ地は、コインランドリーさくら湯)、馴染みのスナックは浅草、観音裏・奥浅草の一角にある。平山はスナックのママ(配役は石川さゆり)にまんざらでない気持ちを抱いているみたい。ママも平山が好き。(ロケ地は、「紅の灯 ノヴ」)。

平山いきつけのスナックロケ地「紅の灯ノヴ」

「福ちゃん」がある浅草地下商店街入口

映画「PERFECT DAYS」 – 台東区フィルム・コミッション (taito.lg.jp)
自宅に戻り、現像したモノクロ写真を眺める平山、よく撮れた木洩れ日写真だけを選んでアルミ缶にしまう。押し入れには大量のアルミ缶。選ばなかった写真は破ってゴミ箱へ。せんべい布団に横たわり、読書灯の明かりで文庫本を読みはじめる。そのうち眠くなり、寝落ち。モノクロの夢。何かの影?
平山が読んでいた本は、ウィリアム・フォークナーの「野生の棕櫚(しゅろ)」、幸田文の「木」、パトリシア・ハイスミスの「11の物語」。平山はかなりのインテリだ。
そして翌日、外から聞こえる竹ぼうきの音で目が覚める。そして昨日と同じ繰り返し。それが平山の日常だ。
平山は人との関わり合いを求めていない、一人で完結できる日常に満足していた。しかし、そんな平山の領域に、入ってくる人達がいる。同僚、ガールズバーの女の子、姪っ子、妹、スナックのママの元夫などだ。それらの人との関係によって平山には日常では感じなかった新たな感情が芽生える。

・ある日、平山の妹が、運転手つきのレクサスにのって平山のアパートにやってくる。妹は平山に話しかけるが、平山は首を縦横に振るだけだ。しかし、妹が帰ろうと背を向こうとした瞬間、妹を抱きよせる。抑えていた感情が爆発した瞬間。そして、妹が去った後、平山はぎゅっと目を閉じ涙する。
・別の日、平山は、好意を寄せているスナックのママが、他の男性と抱き合っているのを偶然みてしまいショックを受ける。その男性はママの元夫、しかし、その男の余命が短かいことを知り、平山なりのやりかたで、元夫の沈んだ気持ちを紛らわす。そして、その翌日、平山は、渋谷に向かう車中で、一人、泣き笑いを繰り返す。
この2つのシーンは、「PERFECT DAYS」のストーリーの中で平山を知る重要なシーンであるが、平山は感情を言葉で表現することはないから、観る人自身が、平山の感情を平山の態度や顔の表情から読み解かないといけない。観る人によって、感情解釈に違いが出てくる。それが、「PERFECT DAYS」の奥深さ、余韻である。

2.ヴィム・ヴェンダースの平山像

監督のヴィム・ヴェンダースは、清掃員になる前の平山について、「平山は、裕福な家庭に育ち、特権的な階級の人間で、優秀なビジネスマンであったが、人生を謳歌できず、酒に溺れ、人生の満ち足りなさを感じ、そのうち、人生が下り坂となり、人生にも自分にも嫌気がさし、自死を考えるまでとなった。転機は、自分だけに降り注ぐ木洩れ日により、唯一無為の自分の存在を感じ、幸福感を得たこと。そのことで、彼は立派な車も会社も多くの収入も自分の人生に必要ないことに気づき、光と木々をめでるだけの別の人生を歩むことにした。質素に暮らし、いつでも木洩れ日をみることが可能な質素な仕事を選んだ。それがトイレの守人。生活が簡素になるたびに彼は幸せになった。平山が、光と木々の写真を撮るのは、自分に幸福感を与えてくれる光と木々に対する敬意をこめたありがとうなのだ」と語っている。
また、ヴィム・ヴェンダースは、「平山を生んだきっかけは、62歳で僧侶となったシンガーソングライターのレナード・コーエンの影響だ」、「平山は僧侶」、「平山は、世界に対する見方が一般とは違っている。ものごとに対して愛情深い見つめ方をする。最初は木と光に対してだけだったが、それが、人間へと広がっていった」とも語っている。
参考:https://youtu.be/3rtwl8xN_PE?si=a7fPqtBvYQO-e7sA

3.幸せとは

「PERFECT DAYS」のキャッチコピーは、「こんなふうに生きていけたなら」だ。人はだれでも幸せを求めて生きているが、自分が幸せだと認識している人は少ない。しかし、平山は違う。ヴィム・ヴェンダースの解釈だと、「平山は、自分の意思で、過去を捨て今を選んで生きていて、今に幸せを感じている」ということになる。
私は、平山の暮らしをみて、学生時代を思い出した。下宿は畳の上に布団一枚ひくのがやっとの4畳半の角部屋。テレビもネットも電話もない。あるのはラジカセだけ。部屋には、小さな炊事場があったが調理はほとんどしなかった。食事は大学の学食か外食の安飯。トイレは共同、風呂は銭湯。洗濯はコインランドリー。仕送りだけではたりないのでバイトで小銭を稼ぐ。大学の図書館をよく使った。今と比べれば、食事は質素で、持ち物はかなり少ない。しかし、幸福だとか不幸だとかを考えたことは一度もなかった。銭湯で湯上りにフルーツ牛乳を飲むだけで幸せを感じた。小さなことでも幸せと感じるセンサーが機能していた。ところが、社会人になって自立するようになると、様々な欲との葛藤や人間関係の悩みがいつもつきまとった。年を重ねるにつれ、平山のように、公園にいって木々をみたり、河岸で水辺をみたりして、気持ちを整えることも増えていった。自然には心身の浄化作用があると感じられたからだ。私は平山とは違うが、平山の一部を持っている。平凡な人生を歩んでいる私がそう思うということは、平山は、誰の中にも存在する一部なのかもしれない。

どうすれば、平山のように、日常に幸せを感じながら生きられるか??

平山は、他人の価値観や尺度に振り回されず、自分自身の在り方を決めている。自分に必要なものとそうでないものを振り分け、自分にとって不必要なものや関係は、いっさいがっさい切り捨てている。暮らしを簡素化させ、木や光との静かな会話によってもたらされる心の平穏を大切にしている。
平山の考える幸せは「平穏な心」なのだと思う。何に対しても執着を起こさず平らで穏やかである心だ。今、自分の身に起きていることに対して良し悪しという価値判断をつけず、ありのままを受容し、水かがみのように平穏な心でいること、それはまさに仏教が唱える幸せのありかたである。ヴィム・ヴエンダースが「平山は僧侶」といったのは、平山は、仏教で唱える心の在りかたを体得しているということなのだろう。また、役所広司が、記者会見で「平山は、いつもなにかいいものがおちていないか探しているような男なのではないか」と言っていたが、役所広司がいう、なにかいいものというのはおそらく見たり触れたりしているだけで幸福感をもたらすなにか、「幸せのかけら」なのであろう。その「幸せのかけら」は、小さなかけらなので、人によって見えなかったり見えていても感じなかったりするのであるが、平山は、小さな「幸せのかけら」 を見逃さずそのかけらから幸せを感じることができているということなんだろうとも思った。

私には、今の生活を捨てて、学生時代に戻ってみるような、大胆な自己改造はできない。今、執着しているものや人間関係の全てを手放すことはとてもできない。かなりのものは手放したくなったが・・。しかし、幸せの結論はでている。「PERFECT DAYS」をみて、幸せをつくるのは自分自身の内にあり、幸せは決して遠いかなたにあるものではないのだと実感できた。映画をみてよかった。

4.起点の「THE TOKYO TOIRET」

登場する公共トイレは、渋谷区と日本財団の共同プロジェクト「THE TOKYO TOIRET」により作られたトイレ。安藤忠雄や隈研吾など、世界で活躍する16人の建築家がデザインしたトイレで全部で17か所。その内、映画に登場するトイレは、12か所である。日本が世界に誇る「おもてなし」文化の象徴となるトイレ、芸術的で美しく個性に富んでいる。「THE TOKYO TOIRET」では、快適に使用できる公共トイレの維持のため、トイレメンテナンスもデザインしている。通常清掃は1日3回、定期清掃は1ケ月1回、特別清掃は年に1回、そして、月に1回、第三者機関のトイレ診断士がトイレ診断を行なっている。清掃は、渋谷区、日本財団、渋谷観光協会で構成するメンテナンスチームが、東京サニテーション(株)をチームメンバーに加え、東京サニテーションが担当している。平山のユニフォームは、東京サニテーションの清掃員が着用しているユニフォームと同じユニフォームだ。実際、役所広司は、メンテナンスチームに掃除指導を受け、映画に登場する様々なトイレの掃除法をマスターした。

「PERFECT DAYS」は、映画製作会社起案で制作された映画ではない。「THE TOKYO TOIRET」を主導している、ファーストリテイリング取締役の柳井康治氏(柳井正氏の次男)と、柳井氏に協力する電通グループのクリエイティブディレクター高崎卓馬氏が、「THE TOKYO TOIRET」の活動PRのために、映画制作を起案した。そこで監督として白羽の矢がたてられたのが、ドイツの巨匠ヴィム・ヴエンダース。柳井氏は、「ヴィム・ヴエンダースと役所広司の組み合わせは、トイレそのものを美しくみせ、清掃員の日々の仕事に尊厳を与えるという意味で最高の組み合わせなのだ」と言及している。
「PERFECT DAYS」にでてくるトイレは、一般人がイメージする公共トイレではなく、特別なトイレ、貴賓室クラスのトイレである。一般人がイメージする公共トイレは、汚れていて、臭くて、暗くて、冷たくて、怖いものなのだと思う。そのトイレの負のイメージを払拭して余りあるトイレ、それが「THE TOKYO TOIRET」なのだと思う。

参考:THE TOKYO TOILET

5.「PERFECT DAYS」の挿入歌

良い曲ばかりです。spotifyのリンクを書いておきますので、よろしければ、聞いてみてください。

・The Animals 「House Of The Rising Sun」
https://open.spotify.com/intl-ja/track/4mn2kNTqiGLwaUR8JdhJ1l?si=7a7baf4e1a7a44c7

・Velvet Underground 「Pale Blue Eyes」

https://open.spotify.com/intl-ja/track/11VwZwNF29HrqwalYUMitb?si=9c1917aead924e30

・Otis Redding 「The Dock Of The Bay」

https://open.spotify.com/intl-ja/track/3zBhihYUHBmGd2bcQIobrF?si=d53fca5aa0724fa9

・Patti Smith 「Redondo Beach」

https://open.spotify.com/intl-ja/track/6zCBk93V8M7fPriZj9i4dd?si=efd4452d8b9544bd

・The Rolling Stones「(Walkin’ Thru The) Sleepy City」

https://open.spotify.com/intl-ja/track/3con0nVkmWIVUuGlGABdH4?si=be478de4f8f84c90

・金延幸子 「青い魚」

https://open.spotify.com/intl-ja/track/1oMRfPV6MpRw0fOhLGbfh6?si=5bdd3b9afeda44d9

・Lou Reed 「Perfect Day」

https://open.spotify.com/intl-ja/track/4TOMI010Sd4ZAX4aZ5TS85?si=02d2be7953814702

・The Kinks 「Sunny Afternoon」

https://open.spotify.com/intl-ja/track/09Plbz3Ja2gxU9xCsqA5KY?si=a7bc52b7126b427d

・Van Morrison「BROWN EYED GIRL」

https://open.spotify.com/intl-ja/track/3yrSvpt2l1xhsV9Em88Pul?si=2940f759de56475d

・Nina Simone「FEELING GOOD」

https://open.spotify.com/intl-ja/track/6Rqn2GFlmvmV4w9Ala0I1e?si=6ac65f785fa54ddb

参考:collection | PERFECT DAYS 公式サイト (perfectdays-movie.jp)

 #PERFECTDAYS  #パーフェクトディズ #役所広司 #ヴィムヴェンダー #THETOKYOTOIRET

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2024/12/21(土)